東日本大震災の津波から守ってくれたこの嵩上げした堤防の工事で、実は堤防内(海側)にあったトウキョウトガリネズミの生息地がすべて失われてしまいました。この場所は、本種を生きて捕獲できるきっかけになった場所です。細かい経緯は省略しますが、とにかく希少種である本種の生息地が破壊されるということで、新聞記事にしないかと言われたこともあったのですが、その時はとにかく記事にすることは良くないと思い、記事にしないように頼みました。その後も堤防工事で失われていく生息地を時々見ても他人に言うことはありませんでした。正直、当時は確固たる考えがあった訳でもなく、人命がかかっていることですので、なんとなく今回はその方が良いと思っただけでした。
避難所の対応は3日ほどで終了し、その後所属団体の方針もあり、5月には気仙沼に1週間程度のボランティア活動もさせていただきました。気仙沼は、本当に目を疑うような光景でしたし、陸前高田の状態はあまりにも想像を超えており、映画の世界みたいで、正直感情が全くわかない不思議な感じでした。その後、これらの状況が少しずつ自分の中で整理されてきたときに、突然ぞっとする気持ちに襲われました。
それは、もし堤防の嵩上げ工事に注文をつけて工事が遅れていたら、浜中町民にトウキョウトガリネズミの話をすることはもちろん、生息地の保全などと言っても絶対受け入れてもらえなくなってしまったでしょう。引いては野生生物の保護という行為自体も拒否されてしまうことになっていたかもしれないと思うと正直ぞっとしました。
どちらにしても、堤防工事で失われたトウキョウトガリネズミの生息地は津波でも失われたでしょう。また、津波は堤防で跳ね返されたため、本来あり得ないほどの範囲で津波が嶮暮帰島を襲い、本種の生息地にも大きな影響を与えました。しかし、嶮暮帰島の生息個体数は徐々に回復傾向にあると推察され、壊滅的な打撃を受けたわけではありませんでした。そして、捕獲は希ですが、霧多布湿原には本種が多く生息していると推察されることから、本種に取って一番重要な場所は守られ、かつ住民の方には住宅などへの被害が無かったという結果になりました。さらに、住民の方には、希少種の保全に悪いイメージを抱かせることも無かったという結果になりました。一歩間違えれば、嶮暮帰島のトウキョウトガリネズミの個体群は守られたかもしれませんが、霧多布湿原と海岸の生息地に壊滅的な打撃と悪いイメージだけが残り、希少種の保全などとは言えない状態になっていた可能性もあったと考えますとりますと、改めて希少種の保全活動するということの責任の重大さに恐ろしささえ感じました。